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復讐譚としての「半沢直樹」

      2020/07/06

現在、放映中のドラマ「半沢直樹」。すごい人気ですね。
色んな所で話題を耳にするようになりました。

恥ずかしながら私、ちゃんと見たことないのですが、先日「半沢直樹ナビ」というドラマの総集編を見て、これでなんとなく話題についていけるかなと思っております。

ネット上でも様々な言及がなされていて、これなど力の入った記事だと思います。

「半沢直樹」のヒットの背景を考えてみた(2)(#アドタイ)

これを読んで、思うところあったので感想を書いてみます。ゴルフは今回関係ないです。

もっとも興味深かったのが、時代劇に似ているという指摘。これは原作者の池井戸潤さん自身も「チャンバラ活劇、時代劇である」と語っているそうです。他にも勧善懲悪であることが人気の秘密だとしている人が多いように感じます。

しかし、よく見てみると(といっても総集編しか見てませんが)、単純な時代劇の勧善懲悪とは必ずしも言い切れない面が多くあります。例えば、水戸黄門や遠山の金さんが、自分では悪事に手を染めることのないクリーンな存在であるのに対し、半沢直樹は目的のためなら手段を選ばず、時には非合法な行動をとったりしています。

半沢直樹は、水戸黄門と違い、敵の悪役と利害が相反する関係にあります。例えば証拠品を盗んだり、国税局を敵に回したりと、巨悪と戦うためには自分の手を汚すのも辞さないダークな面を持ち合わせているわけです。
そんな彼を一括りに”善”と言ってしまっていいものか疑問です。

「サラリーマンの声を代弁している」という意見も多いようです。たしかに陰湿な上司に真っ向から立ち向かう姿に胸のすく思いのする人は少なくないと思いますが、半沢氏は少々行儀が悪いと感じます。
上司に楯突くにしてももう少しやり方というか、少なくとも口の聞き方がありそうなものです。あのテンションを維持するのは、結構疲れそうですね。

「空気を読め」と言われ、周囲との関係を大事にし、もめごと等を嫌いがちな世の中で、彼のような人物に共感する人が多いのは面白いですね。

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さて本題。
この話の魅力の本質は、復讐譚なのではないかと思います。
復讐は古来からの人気コンテンツです。『オイディプス王』やモーゼあたりから始まり、『モンテ・クリスト伯』だったり、漫画だと手塚治虫の『ブラックジャック』が紛れも無い復讐譚です。日本にも『忠臣蔵』という最良の復讐譚があります。時代劇に近いとしたら、水戸黄門よりもむしろこちらでしょう。

半沢直樹は、少年のころに銀行に融資を断られたのが原因で、父親が自殺しています。そしてそれを首謀したのが、香川照之さん演じる現上司のようです。半沢直樹は、彼への復讐のために銀行中枢に入りこんだものと推測され、ドラマはこれから、その復讐が成し遂げられるかが描かれるのでしょう。

そう考えると、半沢直樹のあの異常なテンションや言葉遣いも納得がいきます。子供の頃の恩讐を胸に秘めて、大人になってもその恨みを果たそうとするのは並大抵のエネルギーではありません。あまりにも強い感情が彼をかき立てていて微温的な妥協など許さないのだと思います。

「やられたらやり返す」、「倍返しだ」という言葉は、復讐譚としてのこの作品に通底するキーワードになっています。単なる怒りではなくて、主人公のこれまでの生き方の原動力が復讐にあることを示す言葉です。

近代国家が、決闘や復讐を法律で禁止しているのには、それなりに意味があります。半沢直樹のある種、前時代的なプリミティブな怒りの感情に、現代人の心の奥底の鬱積のようなものを鋭く刺激している、というのであれば、なんだか納得感が出る気がしますが、いかがでしょうか。

ハムレット

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復讐譚の最大の名作は、言わずと知れた『ハムレット』です。
憂いの王子、ハムレットは、父を殺された復讐を果たすかどうかで苦悶します。近代の復讐譚の魅力は、単に復讐を果たすところにカタルシスがあるのではなく、復讐を果たすべきなのかどうかを主人公が葛藤するところにあります。ドラマ後半の半沢直樹もまた、ハムレットのように「To be or not to be, that is the question.」(「生か、死か、それが疑問だ」※福田恆存訳)と煩悶するのではないかと予測します。そうしないと物語に深みは出ない。

芥川龍之介に、復讐を果たした後、裁きを待つ大石内蔵助の心情を描いた「或日の大石内蔵助」という短編がありますが、近代の小説は「忠臣蔵」の様に単純明快な復讐にとどまらず、そこに近代的な自我の葛藤を見出すものなのです。

そう考えると、勧善懲悪の時代劇風だから、人気になっているというのは、誤りではないかと感じます。そもそも水戸黄門も遠山の金さんも今現在、人気がないじゃないですか(笑)
現代では単純明快なドラマは受ける土壌がないでしょう。半沢直樹の悪役たちは、越後屋のような私腹を肥やす連中ですが、例えば銀行内のパワーゲームなどの影響で、どこかその人間性の貧しさに悲しみを抱かせるような描き方になっています。こちらも単なる”悪”ではないわけです。

時代劇、勧善懲悪といった評価は、上記のような原作者の方の「チャンバラ活劇、時代劇である」という言葉に引っ張られすぎたのではないかと感じます。作り手の意図と、作品の内容が合致しないのは、実はよくあることです。作者とはいえ、その評価を鵜呑みにするのは、やや乱暴でしょう。

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最後に、私がおすすめする至高の復讐を紹介します。
『雨月物語』に収録されている「菊花の約」です。

重陽の佳節(9月9日)に会うことを約束した、赤穴と左門という二人の武士。
士官を断ったことで、城に閉じ込められた赤穴は、約束を果たすために自害し、幽霊となって、左門の前に現れます。

左門は、赤穴を閉じ込めた丹治を一刀両断し、疾風のように消えていきます。

葛藤どころか、微塵の迷いもなく、復讐を果たす切れ味の鋭さは、近代にはないものです。約束を守ることの大切さ、友情と信義の大切さ、そして鮮烈に生きることの美しさと業を教えてくれる作品です。

心がなまくらになりそうになったら、いつも読み返しています。

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